感動を誘う映画作品集

だれもがクジラを愛してる。とは

実話を基にして作られているメディア作品ほど、人の心に共感を促すことはたやすいことではないでしょうか。フィクションで作られた世界観の魅力としては、現実では中々ありえないことを映像で表現する、そうすることで観客の想像力を働かせて、その後の展開がどのように動いていくのかを委ねるという点が受けているだろう。始まりから結末まで線引きされている物語もいいかもしれないが、それでは物語に介入する余地がなくてつまらないからもう少し工夫を施せ、と訴えている映画フリークも中に入るでしょう。もちろんそれもありかもしれないが、観客によっては介入したい映画作品というものは違ってくるでしょう。そういう意味では実話を基にしている作品は映画ファンを含めても、そうでない人を映画に引き込む力を持っているので驚きだ。これを書いている私もそこまで映画を見ているわけではないが、中には本当に好きで何度も見ている作品もいくつかある。

そんな実話を基にした映画作品を今日はいくつか紹介していこう。

だれもがクジラを愛している。

昨年の丁度今の時期に公開されたこの映画作品をご存知でしょうか?これは実際にアメリカ合衆国アラスカ州で起こったクジラ三頭が氷の下に閉じ込められているのを発見して、その救出までの話を基に作られてた映画作品です。

実話を基に作られて感動を誘いやすいというものであれば、動物系のネタは定番なものでしょうね。登場する環境保護団体も現在も世界的に活動しているなどを挙げて、当時のアメリカ大統領でもあるロナルド・レーガンをきちんと名前を出していることで、よりリアリティを持つ作品に仕上がっている。ただこの作品は事実を基にしているが、脚色されている箇所も多いとの指摘を受けているため、そんな点も踏まえつつ物語の概要を説明していきます。

あらすじ

物語はアラスカ州でテレビレポーター、アダム・カールソンが取材をしている最中に偶然流氷の影響で大海から切り離されてしまった三頭のクジラを発見する。海から8キロも離れたその場所にい続けることになれば、やがて三頭は死ぬことが確実だった。そんなクジラを発見したことを発見して報道すれば、自分のレポーターとしての顔に花を添えることが出来ると考えたアダムは、この事実を世界に向けて発信する。その後彼の下にとある一つの電話が掛かってくる。受話器の先にいた電話の相手は、アダムの以前の恋人で、環境保護団体『グリーンピース』で環境保全活動を行なっているこの物語の主人公『レイチェル・クレイマー』だった。環境活動家としてレイチェルはそんな事態を見逃すことなど出来るわけもなく、クジラたちの救出に名乗りを上げる。

しかし彼女の前に立ちふさがる問題は困難を要していた。まずはアラスカの先住民族であるイヌビアックがクジラたちを自分達の食料にしようと目論んでいたのだ。何とか彼らを止めようとするレイチェルはアラスカ州知事にクジラの保護と救出の要請を働きかける。だが色よい返事は返ってこない、そもそもクジラを救出しようとすることに難色を示していることからレイチェルの問題は中々に解決の糸口を見出せずにいた。もたもたしていては間に合わない、と考えた彼女の元に一つの状況を打開できる知らせが入る。クジラを救出するための機材を提供してきたの1つの石油採掘会社だった。機材を手に入れたことで何とか一歩前に進んだレイチェルは恋人のアダムを経由してメディアを利用することにより、アラスカには今三頭のクジラが命の危機に瀕しているということを訴えかけている。メディアの力により、アメリカに留まらず、世界各地でクジラの今後に関心を向けられていることに気づいた州知事は態度を一転して、協力体制になる。

その後時のアメリカ大統領であるロナルド・レーガンもこの救出作戦に協力を申し入れることになる。一方でイヌビアック達は捕鯨作戦を強行するべきかどうかを悩んでいるときに、アダムはそんなことをすれば今後自分達の狩猟活動に対して大きな障害となるだろうということを進言し、その言葉により族長は捕鯨を諦めて、ついには救出作戦に協力することを決めたのだった。環境保護団体を主力とした4つの団体の合同により、遂にクジラ救出作戦が決行される。何事もなく、無事に作戦が終わることをだれもが願っていたがむなしくも最悪の事故が襲い掛かってくる。何と氷を砕くためのホバーバージが海の中に落下するという事態が発生してしまう。その後地元住民の協力も得ながら何とか作戦を進めていこうとするが、氷の壁を砕く力を備えているわけもなく、事態はさらに悪化していくことになる中、そこになんと当時のソビエト連邦がレーガン大統領からの要請を受けて砕氷船を出したのだ。そして無事に氷を砕くことが出来たことでクジラたちは海へと泳いで帰ったことで物語は終劇する。

映画を見た人々の感想

映画を見た人々はこぞって、内容を感動したと述べていることから日本人からすれば大いに受けた内容だったのだろうということがよく分かります。人と動物が触れ合う瞬間というのはどうしてあそこまで感動を呼び込めるものなんでしょうね、やはりもともとの言葉が通じないこともある中で、心を通わせる瞬間というのが多くの人の心の胸を打つのでしょうか。誰でも恐怖や焦燥といった緊張にさいなまれるよりも、喜びや涙を流すといった感動の話を好んでいるというのもあるでしょう。そんな感動のシーンに浸って、上映後も余韻に浸りながら家路に着きたい、なんてことをしたいですからね。感動に浸っている最中に現実に引き戻されるほど、不快なものもないでしょうね。いきなり超現実的なことを言われても、そんなことはせめて次の日くらいにいってくれよ、という感じになります。特にこういう実話を基にしている作品なんかは特にそうです。

脚色された内容

映画作品で取り上げられた実話をメディア作品で見た後は、本来の実話が気になるのも人の性、というものでしょうね。特に今はネットですぐに検索すれば事実を引っ張り出せるのですが、そんなことを映画を観たその日にやってしまうと、急にその作品に対して熱が引いて、逆に冷め切ってしまうなんてことを経験していませんか?今作もそんな、見た後に事実を確認したら全然違う結末だったんじゃないか、という風に愕然となり、さらには都合のいいところだけ映像化しているということに対して憤りを感じる、ということもあるでしょう。

では今作の脚色部分としてはどんなところが上げられるのでしょうか、順番に気になるところをピックアップしていきます。

レイチェルが海に潜るシーン

劇中で主人公のレイチェルがクジラの様子を見るために海の中へ潜り込むシーンがあります、映画だからこそできることですが現実でやろうとする人は命知らずの無謀な人でしょうね。実際の土地であるアラスカの気温は氷点下-51℃という、極寒という言葉では収まらない世界でのダイビングなんて身体機能にどれだけダメージを与えることになるのかなんていうのは問題としても成立しないでしょう。実際の体験談の中にはそうしたダイビングシーンがないのは当然のことで、これも物語の一演出としてスタッフが考えた脚本ということだろう。寒さの問題もあるが、他にはクジラの尾ひれに当たれば致命傷になるということもある。当然ではあるが、人間とクジラの大きさなど子供でも分かるくらいに違いがある。クジラが動かしている尾ひれに万が一にも人間が当たるようなことになれば、即死してもおかしくはないでしょう。近作に登場しているクジラはCGということもあり、そういった事故の心配性はない。映画ならではの盛り上げ方としてみればありかも知れない。

物語の結末

物語のクライマックス、ここではクジラたちの姿を海の向こうへ泳いでいった人はいないとされており、それは無事にもといた場所へと帰っていったということで物語に1つの終局を迎えることで、そこで全て万々歳というこになっている。実はこの箇所に関しては事実と映画の話ではかなり展開が異なっている。英がないではクジラたちがその後どうなったかは知らないというようなことになっているが、実際のところは救出に当たっていた団体全てが氷を砕いて無事にクジラたちの通り道を作ったことで、安心して引き上げてしまったのだという。翌日、そこへ足を運んだ各メディア媒体はクジラたちの姿を目撃できなかったとして、泳いでいったという風に都合のいい解釈で全てが終わったとしてしまったのだ。

実はこの時、日本人特派員の川村益昭さんが現地に向かっていたのだが、彼が現地に付いたときには全ての作業が終わった後のことだった

トラブルに巻き来れてしまい、感動の瞬間を見逃したのかと思いきや、何と彼がそこで見たのは形成された水路にいたのは血まみれのクジラ達だった。水路を形成したことにより、元々弱っていた体に更なる負荷を与えていることに気づかなかったようで、結局は感動のシーンを取るだけとって、後のことはもう知らないといった無責任すぎる態度で皆その場を去ったことになる。助けるために動いていたのに、結果だけを見れば、人間のエゴで命を弄ばれたクジラ達は最期の瞬間を冷たく閉ざされた氷の中で向かえてしまった事になってしまう。詳しい事実にかんしては分からないままだが、何にしても人間のいいように利用されていただけだったのかもしれない。

日本人が一番熱狂していた?

作品の原作となった中には世界でもこの事態に一番の関心を持ったのは日本である、と記載されているがこの内容に関しては多くの疑問が投げかけられている。この頃の日本はというと、実はそこまでこの問題に対してマスコミ各社が熱を上げて報道していたのかということは疑問が投げかけている。当時のその頃は日本では昭和天皇が天寿を全うされる寸前だったこともあり、日本はその話題で持ちきりだった。そんなときに外国の、クジラ救出作戦に対して大きな関心を寄せるのかということになれば疑問を感じてしまう。確かに日本の天皇はあくまで戦後では象徴的な存在に留まっているが、それでも天皇の存在は日本にとっては特別なものになっている。そんなときに異国のクジラ問題に対して日本国民が一体どれくらいいるのか、そこまで信奉心がない人にとってはもしかしたらありえるかもしれないが、天王がなくなるということなら各媒体はその動向を常時追いかけているのは当然のことだ。ではどうしてこんな記述が書かれているのか。

仮説として挙げられているのが、日本が戦前から捕鯨大国だということが大きな起因となっていると考えられている。今でこそクジラを乱獲するようなことはないが、戦前はクジラの肉が一般庶民でも普通に親しまれていたことに対して、作者の日本に対する嫌悪感が具現しているかもしれないという。そこでこういう事態に日本の行動を引き合いに出して、この国がどれだけ愚かしいことをしているのかということアピールしたかったからかもしれない。文章の中には日本人がクジラに対して『無慈悲な捕鯨』を行っているといった記載もあるのだが、まるで日本が無秩序にクジラ達を蹂躙しているようにも聞こえなくない。

映画としては事実を基にしたフィクションとしていいかもしれないが、文章の中では作者の思想を取り込んだ独善的な内容に対しては賛否両論が上がっている。作品の中にいくらかの脚色を加えることはまだ許容範囲ないとして収めることは出来るかもしれないが、作品に個人の思想を盛り込んで、特定の何かに対しての訴えを唱えることはすべきではないだろう。それは賞賛することでもあり、批判することでもだ。作品という形の中でそういったものを取り込んでしまうといい話も、批判される対象となった人々に含まれるものにとっては深い極まりないことだ。完全な事実に基づいての話ならともかく、あるフィクションを加えることはそれだけ難しい、ということだ。

この作品自体はいい意味で感動を誘う話としては成立しているだろうが、事実的に考えると少し納得しづらいこともあるため、映画の中で繰り広げられているフィクション、ということで位置づけなければならないでしょう。

キャスト

レイチェル・クレイマー

演:ドリュー・バリモア

アダム・カールソン

演:ジョン・クラシンスキー

ジル・ジェラード

演:クリスティン・ベル

スコット・ボイヤー大佐

演:ダーモット・マローニー

ケリー・マイヤーズ

演:ヴィネッサ・ショウ

マリク

演:ジョン・ピンガヤック

ネイサン

演:アマウォーク・スウィーニー

J・W・マグロウ

演:テッド・ダンソン

ルース・マグロウ

演:キャシー・ベイカー

ハスケル州知事

演:スティーヴン・ルート

スタッフ

監督

ケン・クワピス

脚本

ジャック・アミエル

マイケル・ベグラー
原作:トム・ローズ

『だれもがクジラを愛してる。』

製作

スティーヴ・ゴリン

マイケル・シュガー

ティム・ビーヴァン

エリック・フェルナー

製作総指揮

ライザ・チェイシン

デブラ・ヘイワード

スチュアート・ベッサー

ポール・グリーン

公開時期

アメリカ

2012年2月3日

日本

2012年7月14日